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それって冤罪?暴力・傷害事件で言い分が食い違うケースの対処法

この記事で分かること

  • 相手の攻撃に反撃した場合なら正当防衛が成立することもある
  • 正当防衛が認められれば無罪だが、認められない場合もある
  • 暴力、傷害事件で言い分の違いから冤罪事件となることもある

暴力、傷害事件は加害者、被害者ともに興奮しているので、言い分が食い違うことはよくあります。相手の嘘の言い分が認められれば、悪くないのに罰金や懲役となることがあります。そうした冤罪を防ぐためにも正当防衛の成立を主張することや、真実を語ることが重要です。

暴力・傷害事件、冤罪を防ぐための正当防衛

思わぬことで暴力事件に巻き込まれた時に、自らを、あるいは第三者を守るために相手を攻撃したら、暴行罪もしくは傷害罪で逮捕されるということもあり得ます。そうした時に最も大事なことは正当防衛が成立するか否かです。

暴行罪と傷害罪の違い

まず、暴力事件で問われる暴行罪と傷害罪について抑えておきましょう。

簡単に説明すると、相手に暴力を振るったら暴行罪、それによってケガをさせたら傷害罪です。法定刑(条文に定められている刑)は暴行罪が2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留もしくは科料です。傷害罪は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金なので、傷害罪の方が重い刑罰を受けることが分かります。

傷害罪の「ケガをさせる」とは「人の生理機能に障害を与えること、又は人の健康状態を不良に変更すること」と定義され、つまり暴力をふるって、その結果、相手が血を流したり、アザになったりという状況になれば傷害罪が成立するということです。

傷害事件で言い分が違う場合の対応

暴力事件に巻き込まれ、当事者の言い分が違うということは実際には少なくないでしょう。そのような時にどう対応すればいいのでしょうか。

言い分に食い違いが出るとすれば、一方もしくは双方が「私は相手が攻撃してきたから、やむなく応じただけ」「自分は悪くない」と正当防衛を主張する場合がほとんどではないでしょうか。このような時にどう対応すればいいのか考えてみます。

暴力事件になり、通報を受けた警察官がやってきたときに双方が殴り合って流血していたら、警察官は通常、双方に傷害罪が成立すると考えるでしょう。しかし、そのような場合でも一方には傷害罪が成立しない場合があります。正当防衛が成立する場合がその典型例です。

正当防衛とは何か

正当防衛はわかりやすく言えば、自分や他人を守るために、仕方なく相手を殴ったりケガをさせたりした場合には許されますということです。例えば道を歩いていて、いきなり「肩が触れた」と言いがかりをつけられ、相手が殴ってきた時に我が身を守るために反撃して殴ったり、蹴ったりした場合に正当防衛となって暴行罪にも傷害罪にもならないということです。様々な考えはあるでしょうが、そのような行為は社会的に相当で許されると考えられるためです。仮に起訴されても正当防衛が成立すれば無罪となります。

喧嘩と正当防衛

どちらが先に手を出したかは確かに問題にはなりますが、その後、双方が攻撃の意思を持って殴り合っていた場合、正当防衛が成立する可能性は非常に低いでしょう。

逆に相手が殴りかかってきたので、やむなく応戦して一発だけ殴って相手の攻撃をやめさせたといった場合には、正当防衛が成立する可能性はかなり高いでしょう。そもそもそれは喧嘩と呼ぶには相応しくありません。また、喧嘩の途中で相手がいきなりナイフを取り出して攻撃してきた場合等には、相手方に正当防衛が認められる可能性は高くなります。

喧嘩の場合は、一部分だけでなく全体の流れを見て正当防衛が成立するか否かが決定されます。そのため、警察官に事情を聴かれたら、虚偽はもちろん言ってはダメですし、真実であっても一部分だけの攻防だけではなく全体の流れをうまく説明することが大切です。自らの行為が正当防衛にあたることを攻防全体から説明する必要があります。

ワンポイントアドバイス
相手が殴ってきたら、どんな反撃をしても正当防衛になるという単純な図式で正当防衛を考えてはいけません。相手の攻撃を口実に、これを機会にボコボコにしてやれというような場合、正当防衛は認められません。社会的に相当ではなく、許されない行為に正当防衛は成立しません。

暴力、傷害事件と正当防衛の成立

正当防衛は実際の裁判ではなかなか認められることはありません。それも当然で、そもそも捜査段階で正当防衛が認められるような事案であれば起訴されません。

正当防衛の要件は
①急迫不正の侵害の存在、②自己又は他人の権利を防衛するため、③やむを得ずにした行為であること、です。

「急迫」とは、身近に危険が迫っていることです。具体的に言えば、相手が殴りかかってきた時、あるいは興奮して今にも殴りかかろうとしている時などは「急迫」と言えます。

また、「不正」とは、全体として法秩序に反することで、「違法」と同じ意味と考えていいでしょう。正当防衛は不正な侵害に対する防衛行為ですから、不正ではない侵害に対する防衛行為では成立しません。そのような場合には緊急避難の問題となります。つまり、正当防衛は「不正対正」、緊急避難は「正対正」の関係です。

「権利」は法律で決められた権利というような狭い意味ではありません。生命、身体、財産、名誉、信用など守るべきもの全般というぐらいの認識でいいしょう。「防衛するため」は防衛の意思が必要ということです。攻撃を受けた、今、受けようとしていることがわかって、これを避けようとする単純な心理状態と説明されることが多いようです。

「やむを得ずにした」とは、防衛手段としての適度なものであることを示しています。たとえば素手で殴りかかってきた相手をピストルで殺傷することが防衛手段としての適度ではないのは明らかです。反撃が必要最小限度であるかどうか、という点から判断されるべきでしょう。

ワンポイントアドバイス
正当防衛は、実際に相手を殴ったり蹴ったりしているにもかかわらず無罪になるものですから、簡単には認められません。しかし、実際に詳細な要件を考えつつ反撃するのは無理でしょう。そのため、自分のやっていることが反撃として普通の人が「仕方ないね」と言ってくれるレベルであることを意識するのがいいでしょう。細かい点は法律の専門家である弁護士が考えてくれます。

暴力、傷害事件で正当防衛にならない場合

いきなり殴られたので、殴り返したというのが正当防衛の典型例ですが、それでも細かい条件の違いで正当防衛が成立しない場合もあります。過剰防衛、誤想防衛などです。

過剰防衛をわかりやすく言えば「やり過ぎ」の防衛のことです。正当防衛の他の要件は満たしていながらも、防衛行為の相当性、つまり反撃として適度ではなく「やり過ぎ」た場合に成立するものです。老人が杖で叩こうとしたので、現役のプロボクサーが思い切り殴ったら、過剰な反撃です。こうした場合、過剰防衛と判断されるかもしれません。もっとも、過剰防衛は情状によって刑が減軽されたり、免除されたりする場合もあります。

こうした過剰な防衛行為には質的過剰と量的過剰の2種類があります。質的過剰とは、必要以上に強い反撃をした場合を指します。

量的過剰の過剰防衛とは、当初は相手の攻撃に対して相当性のある反撃をしていたものの、やがて相手の侵害が弱まり、あるいはなくなったのに、それまでと同じか、あるいは更に強い反撃を続けた場合を指します。

誤想防衛とは

正当防衛と勘違いして防衛行為を行なった場合が誤想防衛です。

正当防衛が成立しないのに、正当防衛になると誤信して防衛の意思で反撃行為を行うことを言います。刑法には直接の規定はありませんが、裁判で誤想防衛が認められた例はあります。粗暴で前科13犯の兄とささいなことで口論になった弟が、兄が怪我をしていた右手を隠すためにコートのポケットの中に突っ込んだのを見て武器を取り出して攻撃してくると思い、持っていた木刀で殴打したという事件で、弟の行為が誤想防衛とされ無罪判決が出されています(広島高判昭和35年6月9日)。

誤想防衛は「事実の錯誤」

誤想防衛は「事実の錯誤」であるとするのが一般的な考えです。「事実の錯誤」とは「犯罪事実の認識に誤りがあること」と言い換えられます。このような場合には故意がないと判断され、そう判断したことに過失があれば過失犯として処理され、過失がなければ無罪となるのが通常の考え方です。

誤想過剰防衛

誤想防衛でありながら、防衛行為が過剰な場合を誤想過剰防衛と呼びます。誤想過剰防衛について判例は一貫して過剰防衛として処理しています。

正当防衛の不成立の類型が示されるきっかけとなった事件

これ以外で新たな正当防衛の不成立の類型が示されるきっかけとなった事件があります。街でよくあるタイプの小競り合いに関する判例です。

事案の概要

2005年11月、被害者Yはゴミ集積場の近くで51歳の外国籍のXと口論になり、XがYの左頬を殴打して、走って立ち去りました(第一暴行)。怒ったYは自転車で追いかけ、後方からXの背中から首にかけての部分を殴打し、Xは前に倒れました(第二暴行)。そこでXは持っていた警棒でYを殴打し顔面挫創、左手小指を骨折させる傷害を負わせた(第三暴行)というものです。Xは終始、正当防衛の成立を主張しました。

最高裁の判断

一審で有罪判決を受けたXは最高裁まで争いましたが、懲役6月、執行猶予3年の判決が確定しました。最高裁は状況を詳細に分析した上で、状況からして反撃することは許されないということで、正当防衛の成立を認めませんでした。正当防衛が認められる状況とは「急迫、不正の侵害がある状況」です。仮にそのような状況にあったとしても、自分がそういう状況を招いたような場合には正当防衛が成立しないこともあるという新しい判断が出されたことになります。

暴力と傷害事件での食い違いの具体例

この事案は正当防衛が成立しない新たなパターンがあるということをはっきりさせたという点で重要ですが、両者の言い分が食い違いという点においても、注目できます。もう少し具体的に説明しましょう。

第一暴行に関しての言い分の食い違い

XはYとゴミ集積場の近くで会話を交わしたのは認めていますが、相手が酔っていたので関わり合いたくないと思い、小走りに走り去ったと話しています。一方、YはXとゴミ捨てをめぐる話をしている時に、いきなり殴打され、Xは走って逃げたと証言しています。

第三暴行の言い分の食い違い

YがXを追いかけて後ろから背中から首にかけて殴打してXが転倒した部分については両者の供述は一致しています。しかし、第三暴行が全く異なります。Yは、Xが立ち上がってポケットあたりから警棒を取り出しYに向けて振り下ろしてきたと主張します。そして5回以上殴られ、殴られないように警棒を掴んだというものです。これに対してXは後頭部を叩かれ、一時的に意識がなくなり、気がつくと自分をめがけてYが突進してきて押し倒され、顔面を殴られ、このままでは殺されると思って警棒を取り出して振り回したと言います。そしてYが飛び退いたため、それ以上、接近させないようにと思って警棒を振り回したら、そこへYが突進してきて2度当たったと法廷で供述しました。

言い分の食い違いについての裁判所の判断

XとYの言い分が食い違う点について一審は、目撃者2人の証言と、事件直後からの供述の変遷なども加味しての両者の供述の信用性から、Xの言い分に沿って事実を認定しています。二審もXの法廷での供述について「被告人(X)の原審(一審)公判供述は、本件現場での状況について、証人の原審公判供述と大きく齟齬していることに加え、本件集積場から歩いて離れたのか走って離れたのかとの点や、本件現場でYから馬乗りになられて特殊警棒を振り回したという際にYに当たったのかどうかとの点で、捜査段階の供述との間に変遷があることなどに照らすと、到底そのままには信用できない」と厳しい判断を示しています。

ワンポイントアドバイス
暴力・傷害事件では、両者の言い分が食い違うことがよくあります。お互いの供述の内容に不自然な点はないか、不合理な点はないかなどを立証する必要があり、そういった場合には冷静な判断ができる弁護士が力になってくれるでしょう。

暴力、傷害事件での冤罪を防ぐ

悪いことをしていないのに罪人にされてしまう冤罪事件はこれまでに実際に起きています。当事者の意見の食い違いがもとで、悪くない方の人間に刑罰が科されてしまう可能性があるのです。

冤罪とは何か、その恐ろしさ

冤罪とは無実の罪のことです。悪いことを何もしていないのに、刑罰を受けることを指します。本来あってはいけないことですが、警察、検察、裁判所も人間が運営していますから、間違いが絶対にないとは言い切れません。実際に何もしていない人が刑務所に長期間入れられて、その後に無実と分かって釈放されたケースはあります。相手との言い分が食い違い、それを信じた警察、検察に起訴され、裁判所も相手の言い分を認めて有罪にする場合もあります。相手が嘘を言って、それが認められたら、まさに冤罪事件になってしまうのです。

人生台無し、恐ろしい冤罪事件

冤罪として有名な事件に東電OL殺人事件があります。犯人とされ無期懲役判決が確定したネパール人男性は後に犯人ではないことが明らかになりましたが、逮捕から15年以上、壁の中で自由を奪われました。

また、少女が殺害された足利事件では、全く犯罪には関係がないのに無期懲役判決が確定してしまった男性が19年以上、懲役に伏しています。

まさに、人生を台無しにされたと言ってもよいでしょう。

冤罪を防ぐために

暴力、傷害事件では当事者が自分を正当化するために真実を語らない場合もあります。その結果、供述が全く食い違う場合も出てきて、冤罪事件となる可能性があります。そのような場合にはどうすればよいのでしょうか。

真実を語る

まず、自身に非がないと考えるのであれば、捜査段階から真実を語ることが大前提になります。警察官の誘導等に乗って真実と違うことを言ってはいけません。そして記憶が薄れたり、他の情報が入ってくることで記憶が混乱したりする可能性がありますから、覚えていることをすべてノートやパソコンでまとめておくことが重要でしょう。記憶が新鮮なうちにメモ書きでもいいので書いて、しっかりと記録しておくことが大切です。

脅されても屈しない

足利事件では犯人とされた男性が「捜査段階で刑事たちの脅しで自白させられた」と語っています。それは許されないことですが、実際にそのようなことはあるということです。また、取調べは密室で行われますから、「脅された」と言ってもそれを証明することは非常に難しいものです。そのためにも、脅しがあることを早く外部の人間、具体的には弁護士に伝えて対応を依頼するとよいでしょう。

ワンポイントアドバイス
冤罪は人生を台無しにするものです。たとえ罰金や、執行猶予付きの懲役判決であっても暴行、傷害事件で前科がつけば、その後の就職、結婚などに大きく影響します。「裁判所で真実を語ればいいや」と安易に考えて、相手の嘘を認めるようなことは絶対にしてはいけません。

冤罪を防ぐため、暴力、傷害事件に巻き込まれたら弁護士へ依頼を

もし、暴力事件、傷害事件に巻き込まれ逮捕された、あるいは逮捕されないまでも警察から任意の取調べを受けている場合は、速やかに弁護士に依頼すべきです。自らの行為が正当防衛であることを主張したいのであれば、弁護士がその要件について詳しく説明してくれるでしょうし、それに該当するような記憶を重点的に聴くはずです。自分を守るためにも、1分、1秒でも早く弁護士に依頼することをおすすめします。

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